「この大都会は、文化人類学的な行動によってしか知りえない。書物や番地によってではなくて、歩行、視覚、習慣、経験によってそこにいかなければならない。そこでのすべての発見物は、鮮烈と同時に脆弱である。それは私の中に残した痕跡思い出によってしか再発見できない。したがって、ある場所を初めて訪れるということは、その場所を書き始めることである。住所あらかじめ書かれていないのだから、住所はおのれ自身の独特のエクリチュールをうちたてなければいけないのである。」所番地なし ロラン・バルト
東洋の女形は女性をコピーしない。女性を象徴する。女形はそのモデルへと凝り固まらない。モデルから身をひきはなして象徴する。女形は読みとられるものとして、女性を現前させるのであって、見られるものとして現前させるのではない。つまり翻訳なのであって、変容なのではない。女性の象徴が、女形の役者のしぐさから、一家の長である五十男の身体に移っていく。女形と五十男は同一人物なのであるが、暗喩はどこからはじまるのであろうか。ロラン・バルト
ロダンの「考える人」は、立っている人間が腰をおろした姿勢であり、「半跏思惟像」は座っていた人間が上体をあげて腰掛けに坐ったポーズである。
ーーー山折哲雄「坐の文化論」
彼を知らなかったら、今の僕はきっと存在しない。
ヒトは多才であること。高校生の迷い多き時代に光を与えてくれたヒト。
複雑な世界に自分が持ちうる「全ての表現」を使い戦う事。
(Source: fiftydollars, via anisocorria)
あら 雨「誤算」 茨城のり子
あじさいがきれい
このブラウス似合います?
お茶が濃すぎるぞ
キャッ!ごきぶり
あの返事は書いておくれたか
見たい建物。見たいけれども、もう無い建物。
渡辺釜蔵 二笑亭
栄螺堂
本所五ツ目の天恩院羅漢寺 三匝堂 群馬県太田市 曹源寺 埼玉県児玉町 成身院
青森県弘前市 蘭庭院 二重螺旋は、会津若松 旧正宗寺栄螺堂
綱吉の犬屋敷
渡辺釜蔵 二笑亭
本所五ツ目の天恩院羅漢寺 三匝堂
群馬県太田市 曹源寺
埼玉県児玉町 成身院
青森県弘前市 蘭庭院
二重螺旋は、会津若松 旧正宗寺栄螺堂
綱吉の犬屋敷
安宅丸
ある文章を書くたびごとに、二次的な文章のようなものが浮かんできて、今書いたことに問いをつきつける。そしてその問いにこそ僕は答えたかったのです。ボルヘスの「七つの夜」。だったはず。



